Pale Saintsに続き、元祖シューゲイズ・バンドの全作品レビューシリーズということで、今回はChapterhouseをやっていこうと思います。
それでは、どうぞ。
Chapterhouseバイオグラフィ
Chapterhouseは1987年にイングランド・レディングで結成されたシューゲイズ・バンド。バンド名は、Aldous Huxley(神秘主義・サイケデリック体験についての著作を残したイギリスの作家)の『天国と地獄』からインスパイアされたものだそう。(当時の『Whirlpool』日本版ライナーノーツより)
主なメンバーは以下の5人で、シューゲイズやポストロック界隈でたまに見かけるトリプル・ギター編成が特徴です。
Andrew Sherriff(ヴォーカル、ギター)
Ashley Bates(ドラム)
Russell Barrett(ベース)
Stephen Patman(ヴォーカル、ギター)
Simon Rowe(ギター)
ChapterhouseはPale Saintsとは異なり、デビュー時から解散までバンドの編成は安定※1していましたが、音楽性はPale Saints以上に変化していて、彼らの特徴を一言で表現することは難しいです。大まかな流れとしては、初期はトリプルギターを前面に出した轟音ノイズサイケ、1stアルバムの頃に繊細な耽美サウンドを取り入れた直系シューゲイズ・サウンド、2ndアルバムの頃はクラブ/ダンス(主にハウスやダブ)の要素を強く出したオルタナティブ・ロックといった感じ。
他のシューゲイズバンドと同様、グランジなどのUSロックやブリットポップの喧騒にかき消されるようにして1994年に解散。以後はメンバーそれぞれ、さまざまなバンドやユニットで活動を展開していくことになります。
また、2008年にはUlrich Schnaussの呼びかけで再結成を果たし、来日ツアーも敢行しました。残念ながら新音源の発表にはいたらず、そのまま2010年に再度解散。以降は音沙汰がありませんでしたが、今年2023年5月に突然、シングル・アルバム・レア音源など一切合切を含めた6枚組のChapterhouse全音源集『Chronology』がCherry Redよりリリースされています。
※1 ごく初期は別のベーシストだった模様。また2nd『Blood Music』のメンバークレジットでは、ドラマーのAshley Batesが欠けた4人編成になっていて、Ashleyはスペシャル・サンクス及びサポートドラマー扱いになっています。しかし、wikiやallmusicではその情報はなくAshleyも最後までバンドに在籍していたことになっていて、事実関係がよく分かりません。おそらくは2nd制作途中に何らかの理由でAshleyが脱退していたんじゃないかなと思いますが、後のキャリアでは再び一緒に音楽活動をしているため、仲違いとかではなさそうです。
1st Single『Freefall』(1990)
記念すべき4曲入りのデビューシングル。この頃のChapterhouseは後の彼らの特徴となるポップでさわやかな印象のサウンドではなく、いちおうヴォーカルはやや脱力気味ですが、Loopなどに近いガレージサイケ、ノイズロックの要素が強く、トリプルギターによって繰り出される凶悪な轟音ギターサウンドが最高にかっこいい、ノイズ・ロックやサイケ系のバンドとしてシーンに登場しました。
そもそも彼らの所属レーベルはSpiritualizedで有名なDedicated Recordsですし、初期はSpacemen3と対バンしてたので、サイケデリックなのは当然なんですよね。
1stアルバムにも収められる初期の代表曲、ダンサブルなワウペダルギターがキャッチーな「Falling Down」はまだマッドチェスター感があってポップな雰囲気ですが、そのほかの曲はとにかくハードな轟音ノイズと強靭なグルーヴから繰り出される破壊的なリフがアドレナリンをドバドバ出させてくるアグレッシヴな曲が並びます。
特にこの「Sixteen Years」は、最初和やかな曲だと油断させておいて、中盤から突如、まるでチェーンソーのようなノイズとグルーヴのリフに巻き込まれる、シューゲイズ界きってのモッシュ曲になっています。ぜひ最大音量で聴いて欲しい曲。
なおこのシングルには収められていませんが、初期のライブ定番曲にしてChapterhouseファンの間で有名な「Die, Die, Die」という曲がありまして、そちらはもっと凶暴で、11分もの長尺で延々と耳障りなギターノイズの大洪水に暴虐のグルーヴを垂れ流し、その上シャウトしまくるヴォーカルはもはやシューゲイズというよりハードコア。この曲は1stアルバム『Whirlpool』のVinyl版初回限定としてついてきたレア音源で、いくつかの再リリース盤やコンピで聴くことが出来る模様。残念ながらサブスクには放流されていません(2023年7月現在)。
2nd Single『Sunburst』(1990)
デビューシングルと並ぶ名作、4曲入りの2ndシングルです。
分厚いノイズギターはそのままに、若干ポップさがプラスされて、華やかな内容になっています。
アルバムとは全く別ヴァージョンの「Something More」はセルフプロデュースにて仕上げた破壊力のあるサウンドで、むしろこちらがこの曲のオリジナル。儚げなメロディとキラキラしたアコースティックギターのストロークから、奥行きがありながらもガッツリとした音圧を感じる分厚い轟音へと突入するカタルシスがたまりません。
そして続く「Satin Safe」は、呪術的なハードノイズ・サイケデリアがとぐろを巻くきわめてドラッギーな曲。まるで仏僧の念仏とキリスト教の聖歌隊が合わさったかのような、ぐわんぐわん空間を捻じ曲げる混沌としたヘロインのごときサウンドです。これは何度聴いてもたまらん。シューゲを飛び越えてサイケ好きにも届く名曲。
と思ったら、お次はなんとThe Beatles「Rain」のシューゲイズ・カバー。
最高にギターがやかましくドラッギーですが、しかしシッカリとポップで、なおかつ疾走感あふれるアレンジとなっており、「Satin Safe」のハードなトリップ感のお口直しにぴったりな爽快さ。
Chapterhouseはこの初期シングル2枚と、あともう一つのシングル『Mesmerise』の内容が素晴らしいんですが、実はアルバムよりも完成度が高かったりします。
Pale Saintsの全作品レビューでもシングルを全部拾いましたが、この時代のインディバンドはシングルをしっかり作りこむことが多く、聴き逃すのがもったいない内容になっているので、アルバムだけではなくシングルも作品として評価すべきだと思っているんですよね。(実際、Lush『Gala』、Pale Saints『Mrs. Dolphine』、Slowdive『Blue Day』と初期シングルコンピは軒並み高評価です)
特にこの『Sunburst』は、3曲もシングル用の曲が入っていて、アルバムに入っている表題曲も別ヴァージョンなうえこちらのほうが断然イイ出來なので、ぜひ聴いてほしい作品です。
3rd Single『Pearl』(1991)
このシングルに収められている「Pearl」「Come Heaven」「In My Arms」の3曲は、Whirlpool日本版のボーナストラックやその他各種コンピに入っているため、所有しているわけではないのですが一応シングルとしてレビューします。
2ndシングル『Sunburst』までは重量級のトリプル轟音ギターを特徴としていたChapterhouseですが、アルバム先行シングルとなる3rdシングル『Pearl』から、音楽性がガラッと変わります。
表題曲「Pearl」は、まるで海辺のリゾート地でのヴァカンスの様な、多幸感極まりないムードが漂うシューゲイズ史に残る名曲で、セカンド・サマー・オブ・ラブやマッドチェスターのビートを取り入れたダンサブルなグルーヴを土台にし、その上にジャングリーなギターと流麗なシンセが陽光のようにキラキラと降り注ぎ、そこにウィスパー・ハーモニー全開の浮遊感・陶酔感あふれるシューゲイズ歌唱をたっぷり流し込むという、至福の極上コンボを展開。しかもSlowdiveのRachel Goswellまでコーラスに起用しており、曲の美しさにより一層の花を添えています。
ChapterhouseとSlowdiveはいずれもレディングのバンドで、同郷ゆえにもともとメンバー間での交流が多いというのもあるのですが、この曲でのRachelの起用は大正解だと思います。
そしてカップリングの曲のほうも、これまでとまったくアプローチの異なった楽曲となっています。
Slowdiveの1stのような静謐でメランコリックなムードをたたえた「Come Heaven」、リヴァースリヴァーブと思しきアンビエントなギターサウンドとトレモロパンがちらつくサイケデリック&ドリーミーな「In My Arms」など、初期の轟音とは一転して、耽美的かつ内省的な印象を与える楽曲が並んでいます。
1st Album『Whirlpool』(1991)
ギターポップやドリームポップのニュアンスを全面的に取り入れた1stアルバム『Whirlpool』。
Pale Saintsの『The Comforts Of Madness』と並び、シューゲイズ=猫ジャケを印象付けるアルバムとしても有名で、Chapterhouseの代表作であると紹介されることが多い一方、実はこのアルバム、良い曲はとことん良い反面、それ以外の曲はやや地味な印象を受けるという、彼らの中では最もムラッ気の強い作品でもあります。
まずは開幕、甘美なメロディに青い疾走感が全開の超名曲「Breather」で、アルバムは勢いよくスタートします。
Rideのような高速ドタバタドラムに、キラキラしつつも薄く靄がかかったような音像、繊細な囁きヴォーカルと、これぞシューゲイズ! な要素盛りだくさんで、今までになかった清涼感あふれる曲に仕上がってます。この曲はほんと何度聴いても素晴らしい。
これに続いて前述の先行シングル「Pearl」に突入していく高揚感はたまりませんね。
続く3曲目には、アルバムの新味「Autosleeper」。
ここではドリームポップ系の耽美サウンドからの影響が強く出ていて、プロデュースにはなんとCocteau TwinsのRobin Guthrieまで起用。
アルバムジャケットのようにほの暗い水の中へと沈んでいくような陶酔感のあるサウンドに仕上がっています。
テンプレなワウペダルギターを堂々とやってのけるデビュー曲「Falling Down」を挟み、美しいメロディと混沌としたギターノイズのリフレインに眩暈する「Guilt」でアルバム後半にも聴きどころを作ります。
ただこの辺のアルバムの曲は、初期の破壊力のあるサウンドに比べると音が軽いというか、ガツンと来て欲しい時にガツンと来ないサウンドになってるんですよね。「Autosleeper」も「Guilt」も、ノイズプレイの部分は初期ならもっと音圧を感じる激しいミックスにしていたような。
特に顕著なのがアルバムヴァージョンの「Something More」で、こちらもRobin Guthrieがプロデュースしているのですが、シングルとは全く異なるデジタルなシャカシャカした軽い音色だけが目立つアレンジになっており、アルバムの締めだというのに全然良くない。このヴァージョンは当時の日本盤のライナーノーツにも「あからさまにコクトー・ツインズ色が出過ぎたためかリメイク前のヴァージョンのほうが良かった」など書かれる始末で、よほど不評だったのか、現在のサブスク版『Whirlpool』では、この曲はシングル版に差し替えられています。
おそらく意図的なもので、初期のガレージサイケやノイズロックの影響が強いサウンドから、アルバム全体的にCocteau TwinsやSlowdiveあたりの繊細で耽美的なドリームポップサウンドへの変化を狙ったのだと思うのですが、正直両バンドのバックボーンにある“ゴス”的な要素がChapterhouseにはあまり無いため、Chapterhouseにとってはミスマッチな路線だったように思います。(なお、このドリーミーな路線は、次作『Mesmerise』にて、別のアプローチにより結実することとなります。)
まあ、とはいえ、ですよ。
ハマってる曲はズバ抜けた魅力を放っていて、特にやっぱり「Breather」や「Pearl」といった楽曲のパワーはものすごく、これだけでもアルバムの価値を十二分に担保しているのは確かです。
昔は廃盤となっていた期間が長く中古でプレミア価格になっていたりしましたが、現在では再版やコンピ盤もあり、サブスクなどでもアクセスしやすくなっているので、シューゲイズ好きならば、必ず聴いておくべき作品であることは間違いないでしょう。
4th Single『Mesmerise』(1991)
実はこのシングルが、私の初Chapterhouse体験。けっこう思い入れの強い作品です。
00年前後はChapterhouseの音源を集めるのがなかなか大変だった時代だったんですが、西新宿のレコードショップに通いまくって始めて発見したのがこの『Mesmerise』。
このシングルは、1stアルバム『Whirlpool』と2ndアルバム『Blood Music』の間の作品で、収録曲がどちらのアルバムにも含まれていない単独の作品となります。
サウンド的には、前作で好評だった「Pearl」の路線を押し進めたような、サマーリゾートな印象の曲が多く収められていて、それゆえ毎年夏になると必ず引っ張り出してきて聴いています。非常にお気に入りの作品。
表題曲「Mesmerise」では、トレードマークだったギターノイズを後ろに押しやり、ピアノやハモンド・オルガン、ボンゴ、あとブラスのようなブオーンという音など、今まであまり使っていなかったサウンドをメインにするという大胆なアレンジを施し、ユッタリとチルでドリーミーなムードを醸し出す、現在でいうところのバレアリックなサウンドに仕上がっています。
正直これだけ聴くと、あれ? Chapterhouseってシューゲイザーなの? って思うんですが、安心してください、他の曲ではしっかりシューゲイズしています。
続く「Precious One」では、当時のクラブミュージックっぽいベースとリズムを使いつつも、ディストーションギターとアンビエントなギターが空間を包み込み、そこにまたもや夏のビーチを演出するボンゴが鳴り響く至福の南国シューゲイズを展開。
さらに続く「Summer Chill」は、フリッパーズ・ギターの「アクアマリン」にも通ずる、シンセとアンビエントギターを合わせたダウナーでドリーミーな音響シューゲイズ。どことなくビーチでドラッグキメちゃってる感じの南国サイケデリアといった趣もあり、陶酔感抜群です。この曲はめちゃくちゃ気持ちよくて最高なんですが、サブスク等に存在していないのが残念な限り。
最後の『Then We’ll Rise』もまた名曲です。
このシングルの中では純然たるバンドサウンドで、ノイズは控えめですが、混濁したコードワークが導くギターアンサンブルと美メロ・美ハーモニー、そして6/8の軽やかなステップが心地良過ぎです。
このシングルの曲はSpotifyでは全曲アップされておらず、入手するにもプレミア付か最近出た高額全曲集しかないのが、名作にも拘らず非常に残念な状況。
全曲集『chronology』が(もしくはシングル単体でもいいから)サブスク解禁してくれるといいんですけどねぇ……。
先にも述べましたが、Chapterhouseはアルバム2作よりも、『Freefall』『Sunburst』そしてこの『Mesmerise』の3枚のシングルのクオリティがすばらしいので、未聴の方はぜひ聴いてみて欲しいです。
6th Single『We Are The Beautiful』(1993)
6thシングルとしましたが、実はこのシングル、リリースの月日が分からないのでCDのジャケット情報※2から判断しています。
シングル『Mesmerise』では、バレアリックなイビサ・ミュージックのノリを追求した彼ら。
いよいよ2ndアルバムへ動きはじめますが、またもや音楽性の変化を試みます。
これまではアルバムの曲を担当していることが多かったStephen Patmanの曲で、その名も堂々たる「We Are The Beautiful」をシングルとして投入してきます。
ギターがもはやサイケデリック味を帯びたシューゲイズのそれではなく、ハードロックなカラッとしたディストーションギターに変わっているのが印象的です。さらにそこに景気のいい打ち込みビートがドンドカ鳴る。一転ヴァースでは引きのアレンジで、ハーモニーの美しい怪しげなニューウェーブ・ポップ風。そこから力強くキャッチーなコーラスで盛り上がる。ライブでの大合唱を狙ったのではと思われるような、なかなかの歌モノな構成です。
どんどんポップ化していく音楽シーンのトレンドに負けじと闘っているようにも聴こえますが、元々マニアックなバックボーンとポップ性を結び付けるのが上手い彼ららしい楽曲でもあり、個人的にこの変化はけっこう好きです。
ちなみにプロデュースには、ポップにまとめるのが得意っぽいRalph Jezzard。名曲「Breather」や「Pearl」、「Mesmerise」なども彼の仕事なので、Chapterhouseとの相性の良さがうかがえます。
そして2曲目の「We Are The Beautiful (Spookys Extravanganja Dub Mix)」はSpookyによる文字通りダブアレンジのリミックス。どうも彼らはこの時期ダブにハマっていたようで、2ndアルバムではこのクラブ/ダンスミュージックの影響が色濃く反映されることになります。
そのほか2曲は従来のサウンドに近い楽曲で、繊細なヴォーカルとドタバタしたタム回しがいかにも当時のシューゲっぽい「Frost」と、シンセサイザーのように空間系エフェクトで引き伸ばされたギターが覆うドリーミーな「Age」。いずれも、シューゲ風味とポップ風味が合わさったイイ感じの楽曲で、シングルでも手を抜かないChapterhouseらしいクオリティに仕上がっています。
ただ、このシングルに関しては、リミックスが2曲目に来ていることで全体の流れがやや散漫になっている点がちょっとイマイチです。単純に曲順の問題なので、リミックスが4曲目になっていたら良かったのになぁ。
ちなみにもう1つのアルバム先行シングル『She’s a Vision』は、アルバム収録曲が2曲、リミックスが1曲、未発表のデモ音源が1曲という構成なので、ここでの紹介は省きたいと思います。ただ、このデモ音源とされる「For What It’s Worth」は、聴いてみると全然デモっぽく無いなかなかイイ感じのシューゲイズナンバーなので、気になる方はコンピ版等でご試聴くださいませ。
※2 2nd『Blood Music』のことが「Forthcoming」と書かれており、もう1つのシングル『She’s a Vision』はカタログ番号がHOUSE003なのに対しこちらはHOUSE004となっていたので、アルバム先行リリースの6枚目のシングルとしました。
2nd Album『Blood Music』(1993)
Chapterhouseの2ndにしてラストアルバムとなる『Blood Music』。
このアルバム、非常に過小評価されているというか、埋もれているというか。
適正な評価がされてない感じで、凄くもったいない作品です。
今作では、今まで彼らが小出しにしていたクラブ/ダンスミュージックの要素を強く押し出しているのが特徴で、特にハウスやダブの影響が目立ちます。シューゲイズとクラブ/ダンス系を融合させるという、ある種実験的な試みです。
一方でアルバム全体の印象としては、Chapterhouse作品の中で最もポップでキャッチーにまとめている作品、という側面もあり。
「実験性」と「大衆性」の両方を押し進める、非常に野心的な作品というのが本作『Blood Music』の概要です。
まずはこのアルバムで最も斬新でフレッシュな印象を受ける「Don’t Look Now」からスタート。
ハウスっぽいビートとエレクトロなシンセサウンド、そこにシューゲ仕込みのクールで美しいメロディが合わさります。ギターは前述のシングルの流れからもあるように、もはやフィードバックや轟音ノイズはなく、音ヌケの良いカラッとしたギターサウンドですが、いかにもオシャレで楽しそうな曲に仕上がっています。
個人的にこのシューゲにハウスを合わせる手法が、Supercarの『Futurama』とも被るニュアンスもある気がしていて、ダンスミュージックのノリで体を揺らしながらシューゲイズ特有の浮遊感に酔い痴れる効能が気持ちよく、初めて聴いたとき「この時代にこんなサウンドやってたの?」と驚いたことを覚えています。埋もれているのが本当に惜しい。
一方でクラブ・ダンス系の影響が薄い曲も入っていて、「There’s Still Life」や「Summer’s Gone」などは、従来のギター志向なサウンドをベースとしながらも、シンセを導入してちょっと華やかになっていたり、輪郭をあいまいにする空間系エフェクトの使用が抑えられているなど、オルタナティブ・ギターロックの範疇に収まるヌケの良いサウンドになっています。でもしっかり美しくてドリーミーなんですけどね。
『Mesmerise』までは濃密に感じたサイケデリック要素も無くなっており、このあたりも大きな変化です。
で、このアルバム中もっとも挑戦的なのがアルバム中盤の「Deli」。
Massive AttackやPrimal Screamのようなヘヴィでダークなインスト・ダブ・ナンバーとなっているのですが、あまりにもシューゲ成分が無いので(歌が無いというのがデカイ)若干アルバムの中で浮いている感があり、尺も長めなので聴いているとダレてしまいます。
『Blood Music』はリリース当時も評価されていなかったようなんですが、すでにシューゲイズが「終わったもの」として扱われていた時代で新規リスナーの流入が無かったこともありますし、それに加えていろいろ挑戦し過ぎて従来のファンの期待を裏切る部分も多かったのかなと思います。
個人的には、こちらの「Deli」と、後述するボーナスCDに含まれている「Picnic」がちょっと冗長な感じがするくらいで、他はけっこう好きなんですけどね~。
さて、気を取り直してアルバム後半ですが、Stephenのポップな歌メロとダンサブルな4つ打ちがキャッチーな「She’s a Vision」や、ポップな美メロをギターロックのアレンジで組み立てた「Greater Power」など、勢いのある曲が続いて持ち直していきます。
特にアルバムラストの「Love Forever」が秀逸です。
ダブならではの心地いい重低音ベースの音圧に、うまい具合にシューゲイズの浮遊感が融合していて、フロアライクで肉体的な、心地よいダブ・シューゲイズ・サウンドを生み出しています。チルアウトな方向へ向かったSlowdiveの「Souvlaki Space Station」とは対照的な成果です。
こういったタイプのシューゲイズサウンドは他で聴いたことが無く、シューゲイズの新たな可能性を感じさせてくれるんですが、残念ながら彼らのキャリアはこのアルバムでストップしてしまい、その後にも彼らの跡を継ぐような斬新なシューゲイズ・サウンドは生まれていません。
このあたりも非常にもったいないなあと思う所以です。
カラフルで華やかなサウンド、ダンスミュージックを取り込んだノリの良さ、歌のポップさ、実験性・オルタナティブ志向、曲順にこだわった細部の作りこみなど、非常に聴き応えのあるクオリティの高い力作が『Blood Music』です。
何気に今回の全作品レビューを書くにあたり一番聴き返したのがこのアルバムだったりします。
いろいろな成果が多かったにもかかわらず、従来のシューゲイズ的な形式から少し離れた音楽性になっているため、シューゲイズ史の振り返りでこのアルバムが選ばれづらいのかなと思いますが、音楽的にはかなり面白い試みがなされているので、直球シューゲイズよりも変わり種が好きな好奇心旺盛なリスナーには十分オススメできますし、シューゲイズではなくオルタナティブ・ギターロックとして聴くなど視点を少し変えてみたりすることで、このアルバムの良さが伝わりやすくなるのではないかなと感じます。
これも未聴の方にぜひ聴いて欲しい作品です。
なお、このアルバムはボーナスCDが1枚付いてくる2枚組でリリースされており、しかもボーナスディスクは2ヴァージョンもあります。
私が持っているのはアルバム収録曲のリミックス3曲と15分超のダブ風インスト「Picnic」の4曲で構成された内容。
このリミックスが「We Are The Beautiful (Spooky’s Ugly As Sin Mix)」を筆頭に、結構カッコイイ。
もう1つのボーナスCDは、レーベルメイトのアンビエントユニットGlobal Communicationが、このアルバムの断片を用いて制作した『Pentamerous Metamorphosis』というアンビエント作品。こちらの作品はChapterhouseのサブスクでも聴くことが出来ます。
バンド解散後の活動
2nd『Blood Music』リリース後、斬新で興味深いサウンドだったにもかかわらず、この後トレンドはグランジなどのUSロックやブリットポップなどへと移ってしまい、その喧騒にかき消されるようにしてChapterhouseは解散。
その後、メンバーはそれぞれ別の活動に歩んでいくことになります。
ギタリストのSimon RoweはSlowdiveの元メンバーが結成したMojave3に加入。
ベーシストのRussell Barrettは、SlowdiveのドラマーSimon ScottのInner Sleeveに加入。
ドラマーのAshley BatesはCubaを経て、フォークトロニカバンドTunngで現在も活躍中。
それぞれ別のメンバーが率いているバンドに参加している感じです。
控えめながらも活動的ですね。
上記の各メンバー作品については、基本はそれぞれのバンドの作品として、あるいはSlowdiveの記事で扱ったほうがいいと思いますので、ここでは以下のChapterhouseのメンバーがメインで活動している作品のみご紹介します。
Bio.com / Coming Up For Air(1997)
Chapterhouseの中心人物だったAndrew Sherriffはバンド解散後、Adelphoi Musicという映像作品への音楽提供などを行っている音楽制作会社で音楽活動を続けているようで、このBio.comの作品もAdelphoiのレーベルDeepstarからのリリースです。
Bio.comはAndrew SherriffとSimon Gotelの2人組ユニットで、当初Bionicという名義で「Grid Lock」という催眠的なハウス風の楽曲を出した後に改名。デトロイトテクノ、アシッドハウス、ダブ、アンビエントあたりをミックスした感じの完全なテクノサウンドを制作しています。
あんまり詳しくない知識でなんとなくイメージを結び付けると、Leftfield『Leftism』とかああいう感じに近い作風。
そんなにバキバキに踊れる曲があるわけではなく、全体的に抑制されたクールなムードですが、元ロックバンド出身とは思えないくらいしっかりとしたテクノ作品になっています。
なのでシューゲイズ要素は皆無なんですが、アンビエントのドリーミーなバイブスがうっすら全体を包んでいるところなどは、名残を感じなくもない、といったところです。
アルバムは前半はやや落ち着いたムードで進みますが、後半からノリの良い曲が増えてきて、Underworldっぽい「Dexter」や、美しいコーラスと流麗なシンセから入り、そこに作品中いちばん強固なビートの応酬に加え、わたくし大好物のTB-303のビヨビヨ音が暴れまくるアシッドハウスな「Van Der Belt」などがお気に入りです。
ちなみに「Van Der Belt」はクレジットにAdelphoiの他のメンバーの名前が入っているので、Adelphoiの作品をリミックスしたものでしょうかね。情報が少なすぎて良く分かりません。
なおAdelphoi Musicにはその後、元CahpterhouseのStephenとAshleyも合流しました。
Cuba / Leap of Faith(1999)
ドラマーのAshleyが、元Mojave3のキューバ系カナダ人キーボディストChristopher Andrewsと組んだユニットCuba(アメリカではなんかの権利に触れたのかAir Cubaという名前になっていた模様)。
実はこのChristopher AndrewsはslowdiveのRachelと結婚していた人物(現在は別れている)なのですが、その辺のつながりからかSlowdiveのRachelがヴォーカルを取る「Winter Hill」もあったり、4ADからのリリースだったりというのもあり、シューゲファン的には聞き逃せなさそうな前情報です。
ただ、音楽性はビッグビート、ヒップホップ、R&B、ブレイクビーツなどを取り入れた非シューゲ作品。
私のこの辺の貧弱な音楽ボキャブラリーで表現すると、『Dig Your Own Hole』の頃のThe Chemical Brothers、『Blue Lines』の頃のMassive Attackが近い印象。AndrewのBio.comはハウスやアンビエント方面に寄っていたのに比べ、一昔前のデジタルロック寄りのサウンドで、骨太なドガスカいってるドラムがカッコいい、ダンサブルな作品となっています。そこに(これは日本人にしか理解されなそうだけど)m.o.v.eのmotsuさんみたいな景気の良いラップが乗っかっていたりする。
全体的に前のめりなサウンドでノリがイイんですが、1999年リリースということで当時のトレンドからするとちょっと古い感じもする音で、最後まで聴くとちょっと飽きちゃう部分があります。
彼らの作品はこれのみで、この後Ashleyは前述したAdelphoiに参加したり、Tunngに加入したりします。
Simon Rowe / Everybody’s Thinking(2023)
現在活動休止中のMojave3のギタリスト、Simon Roweが今年2月にソロアルバムをリリース。
ChapterhouseでもMojave3でもメインのソングライターの陰に隠れていた男が、この2023年に堂々SSWとしてソロデビューですよ。
さらに制作にはChpaterhouseの元メンバー(Andrew、Stephen、Ashley)や、SlowdiveとMojave3からはNeil HalstedとIan McCutcheon、さらにRevolverのHamish Brownといったシューゲイズ界隈ではおなじみの仲間たちが結集するというアツい布陣。
しかも彼、けっこういい曲書くんですよね。
サウンドはMojave3の流れで当然フォーク作品ですが、Mojave3のようなシブみはあまりなく、みずみずしく美しいメロディ、木漏れ日のように柔らかく、そして深みもあるドリーミーなサウンドメイキング、ハーモニーを活かしたクセの無いヴォーカルは、陽性のサイケデリック・フォークという感じでかなり良いです。
個人的にはThe House Of LoveのGuy Chadwickのソロ作品を思い出したりしました。
シューゲイズサウンドはほぼないんですが、アレンジによってはシューゲになりそうなヴォーカルスタイルとメロディなので、Bio.comやCubaに比べるとシューゲ好きにも刺さりそうな作品ではあります。
聴けば聴くほどメロディとかサウンドが沁みる作品で、気づいたら今年のAOTYとかにも入っちゃいそうな気もしてくる良作だと思います。
再結成と来日ツアー、そしてまとめ
解散後のメンバーの作品については以上なんですが、再結成時の話をちょっと書いておきたいと思います。
Chapterhouseは2008年~2010年に再結成をしたんですが、Ulrich Schnauss、Fleeting Joysと一緒にツアーで来日も果たしました。
私も恵比寿LIQUIDROOMへ観に行きましたが、轟音ノイズというより、耳にキンキンするトレブリーなギターが折り重なるようにして醸し出す、痺れるようなサイケデリック感のあるサウンドが印象的で、「シューゲイズっていうのは単にペダルエフェクター踏んでデカい音を鳴らせばいいわけではなく、本質はサイケデリックなものだ」という思いを新たにしたことを記憶しております。残念ながら彼らは新作を作ることなく、ライブのみで再び解散してしまいました。
オリジナル世代のシューゲイザーの中では一歩引いたような存在ではあるものの、メジャーなシューゲイズバンドを聴き終えたのなら、必ず聴くべきなのがChapterhouseです。
他のシューゲイズバンドより再結成時期が早かったのもあるのか、サブスクで聴ける曲に限りがあるのがちょっと残念ですが、アルバム『Whirlpool』『Blood Music』は両方ともバッチリ聴けるのでまずはそこからでも。
そしてお金に余裕がある人はリリースしたばかりの全曲集『Chronology』を狙ってみるのも良いかもしれません。
Cahpterhouseの歴代のコンピはすぐに廃盤となり高値で取引されることが多いので、買うなら今です。
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