Beth Gibbons / Lives Outgrown(2024)

新譜

このソングライティングはこの人にしかできない。音は変われども『Dummy』の頃からまるで衰えない彼女の世界。スネアの音も鳴らないフォーク作品なのに、ホラー映画のような不穏さが充満しており、幽霊のようなコーラス、やたらと生々しく肉薄した打楽器のドムドムいってる音や、古い家が軋むようなアコギの低音弦の重々しい振動が恐ろしい。そんなダウナーなムードに支配された舞台で、50代の彼女が直面した、別れや老いといった人生の変化の重みを、掠れそうな囁きだがしかし同時に信念を感じさせる声で歌い上げる。
“一瞬浮かんでいるけど、どれだけ続くか誰も知らない、全てはどこへも向かわない、戻りたくないわけじゃない”、目まぐるしい変化の風に吹かれ根無草のようになった私たちのテーマソング「Floating On a Moment」。“人生の重みは私たちを放ってはおかない”という真実が染みる「Burden of Life」。昔と同じように愛し合えない、全てが変わり衰えていく悲しみ「Lost Changes」、やり過ぎてしまった、もう制御出来ない、巻き戻すことも不可能、でも私たちはまだ足りてないと感じてる、そんな現代社会を繰り返し問いながら、アウトロで子供達の無垢な声とともに歪んでいくぐもった歌のリフレインが不吉さを極める「Rewind」などなど……大袈裟に描くことも皮肉に笑うこともなく、文学者のように慎重に選び取った言葉たちが、幽玄にして人肌のように生暖かい音の世界のなかで、悲しくそして美しく歌われている。
シンガーソングライターの作品なのでまずは歌に注目してみたが、一方でサウンドやメロディだけ聴いても非常に味わい深い作品でもある。「For Sale」のメランコリックなメロディは、ああ……と力が抜けるほど美しいし、全編にわたってジェイムス・フォードによる何度聴いても飽きの来ない有機的なサウンド・プロダクションが光っている。前述した独特のリズム・セクションや、生活音のサンプリング、楽器の質感が伝わってくる生々しい、そして時にサイケデリックな音響は、彼の最初のキャリアとなるSimianの1stアルバムをも彷彿とさせる。
この音楽表現はなかなか容易に到達できるものではない。老いや人生のしんどさみたいなものをテーマにしたら普通ただ辛気臭くなるだけだが、幽玄さや美しさに辿り着いている。病身の時に腰掛ける深く柔らかいソファのような安堵感。枯れ衰えて死の気配を身近に感じることの憂鬱と同時にある安心感。そして最後の「Whispering Love」で柔らかい陽光のように差し込む生命の悦び。葉も落ちた晩秋から冬にかけて、寒々しい曇り空の日に、ダウナーに聴き浸りたい名盤だ。
評価:★★★★☆ 9/10

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