さて、アルバムの内容は前作に引き続き良くて、トムとジョニーの才能が自由奔放に迸っている。前作のボリューム感とギターロックしてる感じが好きだったので、しっとり目の曲が多い今作はイマイチかな?と当初感じていたのだが、何度も聴くうちに今作のほうによりハマってしまった。The Smileという新しい身体にメンバーそれぞれ馴染んだのか、カタいところがなく、メンバーが持つ多彩な引き出しをごく自然に解き放っている。良い化学反応が起こっているようで、何度聴いても飽きがこない。
頼りにしていたものを失って幽体離脱のように現実から遊離した感覚を想起させる「Teleharmonic」がまず素晴らしい。目が覚めたまま夢を見ているような、夢と現実、虚構と真実の狭間をさまよう魂の放浪者のような、心細さや不安に抱かれた浮遊感。逆再生のようなシンセの不思議な音の霧に包まれて、時折幽玄なフルートとファルセットのコーラスが明滅する。小舟のように揺蕩うリズムに揺られ、珍しく信仰についてのテーマ性を仄めかしながら、イメージの断片のような言葉を紡ぐトム・ヨーク。不穏さと浮遊感と優しさが同居する、ビターな心地よさがたまらない曲だ。
遠景で仄かに発光するアンビエントなサウンドと、歪にデジタル加工されたアコギやトムの歌声、それが徐々に優しげなピアノやストリングスの世界にトーンが変わっていく「I Quit」の不思議な世界も良い。もうここで旅は終わりだ、と言いながら、狂気の外側へ、と呼びかける歌詞は、どこかディストピアSFのようになってしまった「リアリティ」から、もはや空想のようになってしまった有機的な「リアル」へ、という祈りのようなものに聴こえた。
そして「How To Disappear Completely」みたいなしっとりとした曲調ながら超久々にグランジばりのディストーションギターのカタルシスを放つ「Bending Hectic」はこのアルバムの白眉。崖から車で転落する事故の瞬間の視界、そして思考をスローモーションで描く内容だが、トム・ヨークの内面を綴ったものにも感じつつ、アウトロの壮大なサウンドからは破局の影がチラつく現代社会全体の姿をも重ね合わせているように聴こえる。いずれにしても「ハンドルを手放すよ」という決意と、アウトロの「Turn」の連呼が心に引っかかり、聴き終わった後も尾を引く。The Smile屈指の名曲だ。
ジョニーのギターフレーズが印象的な「Read the Room」や「Under Our Pillows」といった比較的ノリの良い曲もあるが、冒頭にも述べたように全体的には浮遊感に包まれたしっとりした作風で、移動中に聴くような作品ではなく、家で椅子に座りヘッドフォンでじっくりと聴きたい作品だ。もっと実験的なロックもやってほしかったと思わないでもないが、完成度を重視するならこれがベストだと思う。まあトム・ヨークもジョニーももう50代半ばだし、沁みる作品のほうにシフトするのもしょうがない、とそんなふうに納得しかけていたところ、まさか年内にもう1枚、しかもわりと尖った実験的なロックをカマしてくるとは。ほんと、創作意欲がすごすぎるぞ。
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