Geordie Greep / The New Sound(2024)

新譜

ジャズ、オールディーズ、映画音楽、プログレ、ポストパンク、マスロックなど豊富な音楽的ボキャブラリーを血肉とした男が繰り広げるハイパーワンマンショーは、バンドという枠組みすら小さ過ぎるとでも言いたげな、ソロとは思えぬマッシブ・シネマティック・ロック・オーケストラであった。圧倒的な音数と音圧を前に、調子の良い時は傑作と、頭が疲れている時は膨大な歌詞の情報量と過飽和なサウンドにノックダウンされて問題作と、日によって印象の変わる危うい作品である。ながら聴きを許さない、鑑賞態度を要求してくる挑戦的な内容であるが、音楽ファンとしてはやはり真正面から受け止めたい。

オープニングの「Blues」はマスロックとKing Crimsonとエモーショナルな高速スポークンワードの高密度ミックス、というBlack Midiの面影を色濃く残す内容で(ドラムもモーガン・シンプソンだし)、Black Midiの流れからスムーズにアルバムへ入りやすい導入となっているが、「Terra」からはビッグバンドを引き連れたラテンジャズの世界が幕を開ける。ちょうど自分もラテンジャズやフュージョンに興味が向いてちょこちょこ聴いていた矢先だったので、この思わぬシンクロは嬉しい。先行シングルの「Holy,Holy」は昔の映画の主題歌みたいなプログレフュージョンな名曲。タイトル曲となるインスト「The New Sound」は幕間的な役割も果たしながら、歌がない故に純粋にグルーヴに身を委ねることができる楽しい曲だ。
「Walk Up」あたりからは壮大な世界観がさらに膨れ上がり、もはや音楽というより大作映画のような趣で、まあ冒頭からそうっちゃそうだが、膨大な情報量の歌-1曲1曲物語的な世界観や登場人物が異なる歌詞-と、プログレフュージョンwithビッグバンドのマッシヴなサウンドが怒涛のように押し寄せてくる。HMLTDのメンバーにしてBlack Midiのサポートキーボディスト、そして今作の共謀者であるセス・エヴァンスがヒロイックなヴォーカルを披露する「Motorbike」はヤマハのVMAXがどうだのというちょっとバカっぽい歌詞含め80年代の世紀末SF映画みたいな雰囲気で、荒涼とした前半のコード感は良いムードを醸し出しているが、後半のハードコア&アヴァンギャルドな展開は二重三重にやり過ぎており思わず笑ってしまう。そしてここまでで相当な熱量を放出しているのでついにクライマックスへ到達したのかと思いきや、この後さらに哀愁漂う激シブなカッティング&ギターソロがグッとくる「As If Waltz」や、12分を超える感動的な正真正銘のクライマックス「The Magician」が控えている。聴き終わった後、映画館で3時間以上の超大作映画を見た後のような、感動と興奮、同時に疲労感をも生じさせる、とんでもない怪作である。

この音楽体験を楽しく感じるかどうかは人によるし、私も最初は音に詰め込んだ情報量がちょっと過飽和的ではないか、と感じていた。しかし、曲構成や各楽器の演奏、リズムや歌詞といった内容への理解が深まると、耳、というか脳がついてくるようになり、この壮大な世界の登場人物になりきってメロディやリズムを純粋に楽しめるようになる。大作だからこその作品世界へのディープな没入感や、繊細な感情表現、湧き上がる興奮と感動があり、聴き終わったあとの余韻もひとしおである。Black Midiが活動休止を発表した時は落胆したものだけれど、これがやりたかったのかと思うと納得するしかない。クレイジーな名盤だ。
最後に、佐伯俊男の作品を使用したアートワークも、音楽との組み合わせが実に絶妙である。素晴らしい。

評価:★★★★☆ 9/10

コメント

タイトルとURLをコピーしました