
海沿いのリゾート地マーゲイト出身というイギリスのインディバンドとしては珍しい経歴、そして珍しいバンド名を持つTokyo Tea Roomのデビューアルバムは、それゆえ当地の流行とは隔たりのある(むしろモントリオールのバンドとの共鳴を感じるような)マイペースな音楽性である。シングルで聴いていたときは、世界中で百花繚乱のドリポ界においてややメロディやサウンドが地味かなと心配しながらも、その少し薄味なところが逆にアルバムではトータルに活きるのではないかと睨んでいたのだが、これが果たして外連味の無い心地よい浮遊感が初めから終わりまで持続する、期待通りのデビューアルバムだった。
メロウさとメランコリーが霧のように立ち込める「No Rush」で、タイトル通りチルアウトの極みでスタートすると、ファンクやソウルの躍動を秘めたリズム隊がほっこりと身体を揺らしてくれる「If You Love Her」、気だるげなギターのカッティングが心地よい「I Would」と冒頭からゆったりと進んでいくが、いつの間にかぼやけた都市の夜景が似合うTokyo Tea Roomの音世界に没入している自分に気付く。
ピッキングの粒立ったニュアンスが心地よいベースとミニマルながらも確かなビートを刻むドラム、夢の中から遠い記憶の彼方まで照らすシンセの仄かな光、ソフトタッチなハーフミュートのスタッカートが小気味良いギター、そしてVoベス・プラムとGtダニエル・エリオットによるうわの空で呟くように歌われるオクターブユニゾンのデュエット。ぶっちゃけバンドがやっているのはほぼこれのみで、曲もヴァースとコーラスのシンプルな構成だ。曲のタイトルもほとんど歌詞のサビの頭を取り上げたもので、かつてのビーイング系を思わせるような分かりやすい手法だが、こういったところからも、あらゆる虚飾を削ぎ落とし、シンプルを極め、限られた手法の中で奇を衒わないアイデアで勝負、というある種バンドの意地や美学のようなものを感じる。人によっては、全曲同じではないかと言われてしまいそうな内容だが、アレンジで派手なことをしなくとも、抑制されたトーンのなかにほどよく耳を惹くフックがあり、丁寧に録音されたシャープかつソフトな音の質感も心地よく、不思議と退屈さは感じない。追憶のロマンスが走馬灯のように明滅する、甘くそして少しビターなメランコリアに満たされた薄明かりの世界にじっくりと浸ることが出来る。
後半も物憂げな「Tell Me How」やMen I Trustをさらにまったりさせたような「Waiting By The Phone」と変わらないテンション、変わらない雰囲気が持続。終盤、冒頭のフレーズが耳に残る「I’m Just Human」からメランコリアが深まっていき、地元のマーゲイトの海を思わせる波音と寂しげなピアノとヴォーカルによる前奏曲のような「Slow Motion」で夢の終わりを予兆させると、最後はシンセサイザーの煌めきと共に物憂げにフェイドアウトしていく「Afterthought」でしんみりと終わっていく。聴き終わった後も時の流れが遅くなったように、しばらくぼうっと黄昏てしまう。とてもいい余韻だ。
あらゆることが高速化して脳みそが忙しなく疲弊していく昨今、気持ちを落ち着けてのんびりする時間を作ってくれるチルアウトミュージックは非常に重要だが、そんな中でもひときわまったりさせてくれるTokyo Tea Roomのデビューアルバムは、強いメッセージ性もなければ派手なドラマ性も無い、刺激の少ない内容であるにもかかわらず、ふとした瞬間にこのアルバムのフレーズが脳裏をよぎり、ついつい聴きたくなり、そしてぼんやりと過去を振り返ってしまう。そんな不思議な魅力を持った作品だと思う。
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