シングルレビュー2025年2月

新譜
最近は新譜を追うのに忙しくなってしまい、なかなかレビューも書けやしない。年始は新作のリリースが多いので仕方ないのだが。終いには、音楽的な満腹感に満たされて何も聴きたくなくなったりする。
このホームページは、自分が音楽をより深く楽しむためにやっているのであり、レビューを書くために新譜を追い疲弊してしまうのは本末転倒である。音楽を聴くことは新譜を追うことのみにあらず、膨大な量のあらゆるジャンルの過去作から自分の好みを掘り下げていったり、新しい出会いを探しに行ったり、心惹かれた作品を何十回と聴き直し音や歌詞を深掘りしたりすることも大事である。故に、次々と出る新譜はとりあえず放置しつつ、じっくりとマイペースに聴き進めている。
もう3月も終わるが、そんなわけで2月のシングルまとめです。

Mei Semones / Dumb Feeling


ボサノヴァ調の柔らかいサウンドで「無理に気張らず自然体でいよう」ということを歌いながらそれを「馬鹿げた考え」として包み込むちょっとシニカルな視点が、君のままで良いんだよ的な全方位型の自己肯定ワードでずぶ濡れの応援系ポップソングとは異なる良質のポジティブな共感を生む。ほんと毎回外さない。5月のアルバムが楽しみである。
そして夏にフジロックとのこと。English Teacherと同じ日のようだけど、一日券25000yenはワープアマンにはなかなかに厳しい。いやいや、フリーターだった00年代には毎年行っていたはずなのでそれは嘘だ。フジロックは金というより、体力の不安により行きたくならないのが正直なところだ。

She’s Green / Graze


ミネアポリスのシューゲイズバンド。元々ギターのコード感や空間系の使い方が上手いバンドだったが、レーベルと契約して録音のサウンドがパワーアップした感があり、ドラマチックな曲展開で、壮大なドリーミーさを演出。曲書くのが上手いシューゲイズバンドは信頼が置けます。そういえばアメリカのバンドなのにどこか北欧っぽいというか、ウェットでオーガニックな質感を持っているのが珍しいが、ミネソタ州がそもそもカナダ寄りの寒くて湿度も高い、アメリカと言われてイメージするものとは異なる地域柄のよう。とても良い。

Tristan / Spacetime Sushi


「時空寿司」とはこれいかに?なMagikとのコラボシングルだが、相変わらずのデカいスーパーボールみたいに弾むバウンシーなビートにトリッピーな上物のサウンド、これはどんなにかったるい時間を過ごしていても必ずブチアガる。そういえばサイケデリック・トランスまだあまり掘れていないな。こういうところにも、新譜過フォローの弊害が出てくる。

Pastel Sky / Pagsisisi


アルバム出して欲しいバンドNo.1なフィリピンのPastel Sky。80’sのソフィスティポップや、ボビー・コールドウェル的なキラキラした都会的シンセサウンドと甘いメロディが良い。タガログ語なのもトロピカル感を煽ってくる。夏が待ち遠しくなるけど、最近の日本の夏は砂漠ばりなのでイメージの中だけに留めておく。

Haiku Garden / Vpet


MVはVinyl Willamsの手によるもので、自分のアルゴリズムへ混入したのもVW関連と思われる。なんとスロベニアのバンド。東欧諸国のインディバンドでなんか良いバンドいないかなと旧ユーゴ圏の音楽シーンを掘っていた時期もあったが、まさかスロベニアからシューゲイズ、サイケポップ系のバンドが出るとは。ポップな美メロと美ハーモニー、転調あり、複雑なリズム隊、空間系エフェクトによる深い音世界、全部ぶち込む良い意味での洗練の無さがサイケ的カオスを生み出している。4月にアルバムが出るとのことで楽しみ。

Lottie’s / The Cut


Lottie Malkmusによるソロユニット。ねえマルクマスってもしかして…と思ったらやっぱり娘さんだった。父ちゃん譲りのエキセントリックなノイズポップやローファイ感も見出せはするが、それよりも気だるいサンシャイン・ポップにニール・ヤングみたいなゴツッとしたノイズギターをぶち込んだユルいサイケデリック・ロックといった方が適切で、そしてそれが非常にユニークで良い感じです。

Night Tapes / Television


去年の傑作ミニアルバムから間を空けずに立て続けのシングルリリースで、しかもメロディの切れ味が抜群で凄く良い。

Fontaines D.C. / It’s Amazing To Be Young


『Romance』のアウトテイクだろうか。スミスやエコバニなどの80’sギターバンドへの愛を感じるアレンジ。ミニ映画のようなMVもアルバムのシングルと地続きの感じである。

Club 8 / None Of This Will Matter When You Are Dead


こちらも(というか元々)スミスっぽいソングライティングを感じさせつつ、前のシングルのようにDoomer Music的なチープなポストパンクサウンドを展開しているのが面白い。
どうもClub 8は去年くらいからずっと毎月シングルをリリースし続けているようで、面白い試みだと思う。

石橋英子 / Coma


今月の最後は石橋英子。2月に出たのは「October」で、こちらの「Coma」は1月リリースだったのだが、MVがなかったのでこちらを紹介。
ジャズを下地にしたオルタナティブなフォーク作品という感じで、前衛とか芸術の領域よりは手前にあるが、青葉市子より学問的な雰囲気を漂わす歌モノ。彼女の名前は昔から度々目にしていたけれど、作品を耳にするのは初めてである。メロディの快楽性やサイケデリックな肉体的刺激といった広義の「俗」から離れすぎた芸術領域の音楽作品はあまり好みではないので、そっち界隈の人という印象であまりチェックしていなかったのだが、今作は少し地上に降りてきてくれているような感じがする。
最近の日本のアーティストは著しく俗から距離を置くか、著しく俗に浸り切るかの二択しかなく、その中間にあるはずの領域がすっぽり抜け落ちている。これは00年代まではサブカルチャーと呼ばれるものが担っていたのだが、軒並み俗化もしくは芸術化し雲散霧消してしまった。ミスチルだってPink Floydみたいな『深海』を作っていた時代である。海外の音楽はむしろこの俗と芸術の中間領域が豊かで羨ましくなるのだが、日本にもまだわずかながらそんな作品を作るアーティストがいる。まもなくリリースされるアルバムに期待。