
1stで色濃かったダークでサイケデリックなサウンドは悪戯程度に顔を覗かせるのみとなっていて、サウンドや曲構成はミニマルで、明るくドリーミーなトーンが選ばれるようになり、そこで生まれた余白が、ガイ・ガーヴェイのヴォーカルと詩情に生き生きとした広がりを与えている。聴き手の口遊みを誘うゴスペル要素も効果的である。
真っ白い光の空間、または神秘的な夜、英国の美しい自然(ストーンヘンジのある丘や、見渡す限りの牧草地、湖水地方の山々や湖)、サウンドがもたらすそれらの心象風景を背景にして、ガイ・ガーヴェイはさながら酔っ払った堕天使のごとく「君に投げキス 明日には届くはず 世界の反対側から飛んでくるように」(「Fugitive Motel」)、「花咲く小屋の中で 僕らはお互いのボタンとジッパーに手をかけた」(「Buttons and Zips」)(※)、といった、抽象的ながらもロマンティックな詩世界を全面展開している。さらにドリーミーなサウンドエフェクトが陶酔感抜群の「Not A Job」も素晴らしい。これらのアコースティックな質感を持った曲の美しさは極めて秀逸で、後のElbowの強みにもなっていく路線である。
このように、今作は優秀なソングライターであるガイ・ガーヴェイの「歌」を音楽の中心に据えた、後のElbowの方向性を決定づけた作品と言えるのだが、同時に、後年の作品にはない過渡期特有の面白さもある。
胎内から光に満ちた外界へ生まれていくように、くぐもったノイズとスカスカしたビートボックス風のリズムから祝祭的なコーラスのリフレインへ移行する「Ribcage」は1stとの橋渡し的な作品だし、クラウトロック風の反復するミニマルなコード進行にサイケデリックなノイズが乗る「Fallen Angel」あたりは初期のElbowにしかない刺激的なサウンドだ。R&B風のリズムループと抽象的な音の断片がふわふわと時に耳障りに鳴り散らす「Snooks」もまだ十分にトリップホップを感じる。
また、元々Elbowはレコーディングスキルのあるバンドで、I Am Klootのアルバムをプロデュースしたりするほどだが、このアルバムもBen Hillierとの協働プロデュースながら、一つ一つの楽器の鳴りや残響音に気を配ったポストロック的な音作りで、「Fugitive Motel」のアウトロの不思議な歌の断片などに見られるようなサウンドクリエイター的な録音実験も行われており、1st同様にその音自体も魅力のひとつである。
メロディやコード進行が前作より淡白で薄味なため最初は地味に感じるのだが、その分ガイ・ガーヴェイのソングライティングと上質なサウンドが旨味成分のように効いており、何度聴いても味わいが尽きない。押し付けがましさのない、カロリー低めで涼しげなサウンドは夏の昼下がりのチルアウトにぴったりの傑作である。
※エルボーの歌詞は想像力を豊かにするためか、あえて抽象的に描かれているようで、解釈が難しいことがある。ここも、直訳だと「僕らはお互いのボタンとジッパーだった」で、日本版の和訳は詩的に意訳(「手をかける」と曖昧に表現)していて、Google翻訳は日常会話的な意訳(「ボタンとジッパーを合わせている」、Googleレンズだと、「見つめている」と出る)をしている。どちらも原文と照らし合わせながら意訳が少なく納得感の高いものにしたいが何ぶん英語力が低いゆえ思い通りにいかない。ネイティブだとどのような印象になるのだろうか)