Everything Everything – Get To Heaven(2015)

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 今年7月に旧デラックス版にさらにボーナストラックを追加した発売10周年記念版が出たばかりのEverything Everythingの3rdアルバム。ファンがそろって「Underrated(過小評価)」を嘆いてきたバンドであるが、本作でついに、ニューウェイブやUKオルタナギターロックにマスロックやR&Bなどを織り交ぜた通向けの音楽性にポップ性が花開き、クセの強い歌のフックがいたるところにちりばめられた、ダンサブルで賑やかなポップロックアルバムを仕上げることに成功した。これまでは歌モノなのか、バンドサウンドに重点を置くのか、イマイチはっきりしていない印象があったが、ここでは迷いなくジョナサン・ヒッグスの歌を主役にするサウンドが組み上がっており、加えて各パートもただのバックバンド化しておらず、演奏だけ聴いていても楽しめるカッコいいアレンジの連発で、もはや職人芸である。

 アルバムは、本作の前口上を抽象的に示したような「To the Blade」でゆったりとスタートするが、ラップか呪文のようなやたらと早口のヴァースからキャッチーなコーラスへと移行するダンサブルな「Distant Past」、アレックスの小粋なギターが響きジェレミーのベースがうねる、そして本来リフレインとかスキャットでいいはずのコーラスワークにまで重要な歌詞を詰め込む彼ららしい「Get To Heaven」や、“クレイヴン・バブーン”の語感が珍妙で異様に耳に残るトロピカルで楽しいヒネクレポップ「Spring / Sun / Winter / Dread」と、実に鮮やかかつエネルギッシュに作品を彩っていく。緻密なアンサンブルにジョナサンのエモーショナルな高音ファルセットと鳴り響く美しいギターが荘厳な「Blast Doors」や、ベースのトリッキーなリフが牽引するクールなグルーヴで最後を締めくくる「Warm Healer」と後半の展開も隙がない。音楽的な部分だけ聴けば、まさに会心作である。

 しかし、やはり彼らは一筋縄ではいかない。この作品こそEEの代表作だ、と宣言したい気持ちを躊躇させるような大きなヒネリが加えられている。それは「変な語感だなー、面白いなー」と口ずさんでいた歌詞で、実はよくよく意味を紐解いていくと曲の雰囲気と全く異なる内容なのである。

 前作『Arc』は歌詞の暗さに引きずられて曲が中途半端にドンヨリとしていた感があったが、今作は表面的には明暗鮮やかなポップアルバムに聞こえる反面、歌詞は思いっきり暗く、そしてより深刻になっているのだ。このアルバムが制作されていた頃はイスラム国によるテロ事件や人質殺害が相次いでおり、日本人にも2名の犠牲者が出た。とりわけイギリス国内には、人質の斬首をしていた目出し帽の男が“ジハーディ・ジョン”と名付けられた英国籍の人物であったことが、大きな衝撃を与えたようだ。この事件に端を欲して、本作の歌詞の中には「過剰な蛮行に及ぶ者達と私たちは表裏一体である」「私たちの住む現代社会は野蛮な暴力と陰惨な狂気が未だに潜んでいるが、人々は虚像の平和に麻痺して気づかない」「どんな人も天国に行きたいと願っているだけだ。たとえ殺人者やテロリストであっても」「問題の始まりは、あなたが私と同じであってほしいと思う心」といったような、現代社会の苦み走ったリアルを織り込んでいる(※Geniusなどで確認できる彼らのインタビュー参照)。表現はかなり抽象度が高められているので、歌詞だけを読んでも、またくちずさんでも、その意図するところが直感的に分かるものではないのだが、それでもなんとなく不穏なメッセージのこもった歌詞であることだけは察せられる。ポップでノリの良いサウンドにも関わらず、享楽的にダンスする気にはなれないほろ苦い余韻を感じるのはそのためだろう。

 本作は音楽の側面だけで聴くと冒頭にお伝えしたような「ダンサブルで賑やかなポップロックアルバム」なのだが、歌詞の意味までくみ取って聴くと、テロリストが人質を殺害し、通行人が焼身自殺をする老人を見て見ぬ振りし、世界は爬虫類型宇宙人レプティリアンに支配されているという陰謀論が蔓延している反面、あいも変わらず大した志もない政治家や宗教指導者が支配する世界が戦争や紛争を繰り返している、そんな野蛮で陰鬱な現実と、アップテンポでダンサブルなポップ・ミュージックが対比されている、極めて挑戦的な内容のアルバムであることが浮かび上がってくる。そしてそんなアート的批評性が、音楽評論家から高評価を受けることとなり、多くのリスナーにも傑作と評される結果となった。

 しかし、この作品の二面性が極上の相乗効果を伴って聴く者の胸に響くかどうかは意見が分かれるところで、私は少し微妙に感じた次第だ。ダークで深刻なテーマに真摯な気持ちで向き合いたいと思うとポップで楽しげな音楽がバックに鳴っており、逆にノリノリで大合唱しながらイエーイ!と盛り上がろうと思うと不穏な兆候を見せる歌詞に冷や水を浴びせかけられる。この交わらない二項対立が顕著なのが、先に紹介した「Spring / Sun / Winter / Dread」であり、「君は泥棒であり、殺人者でもある」「年を取りたくない」と何度も歌われる歌詞の意味を知ってしまうと音楽をポジティブに楽しめなくなってしまうのだ。どこかコンセプト・アート的なものがあるというか、音楽が本来持っている体験型の即効性や機能性が損なわれており、どこか一歩引いて遠巻きに作品を鑑賞させられているように感じるのである。

 もちろん、すべての曲が二項対立な状態にあるわけではなく、不穏な歌詞と音楽がリンクしている曲もある。たとえば「No Reptile」では、「この世界には爬虫類(レプティリアン)なんておらず、ただシャツとネクタイを着た半熟卵のような政治家が支配している」に過ぎず、「ベビーカーに乗った太った子供のまま、銃を発砲できる年齢になってしまった人」が「私は見知らぬ人を殺すつもりだ、だからあなたは見知らぬ人にならないで」と理不尽な懇願をする情景を描いている。キラキラした多幸感に包まれる神聖なサウンドと合わさって今の世界を皮肉に描いており、ぜい弱な世界で生きている私たちの儚さや悲しさが胸に迫る。身近に悲惨な現実や狂気が転がっているのに「パスワードは何だったっけ?」とのんきなことに気を取られている人物を描く「Get To Heaven」も哀愁の漂うメロディと合わさって、そんな鈍感な人物でいたくないという気持ちを奮い立たされる。こういった曲はシンプルに素晴らしい。

 歌詞の在り方についてはやや批判的な見解となり長文乙な論評となってしまったが、このような考察や思索をしている時間というのもまた楽しいものである(読まされる側にとっては地獄かもしれないが)。そんな機会を与えてくれる作品というのは、ポップミュージックにおいては非常に稀なのである。私は歌詞と音楽の融和性が気になってしまうのだが、むしろその対立状態のコンセプトが良いと感じる人もいるだろうし、歌詞の抽象性を用いてバンドメンバーの発言とは全く別の意味合いを見出しても良い。そもそも歌詞の意味はあまり深く考えず、この楽しくカッコいいサウンドだけを楽しむこともできる(歌詞は“意味”という役割意外にも、“語感”や“リズム”という役割も持っているから)。いろんな人の、いろんな感想があっていい、むしろその「発散」を目的としているかのような、実に「アートロック」という言葉にふさわしい作品であり、それこそが本作の魅力であることは間違いない。

 最後に少しだけリリース10周年記念版のボーナストラックについて軽く触れておくと、彼らはシングルのB面曲や未発表曲ではわりとリラックスした感じで、オルタナティブな実験性が溢れているインディギターロック的な曲を作っており、音楽オタク的にはこちらのほうが聴いていて単純に楽しかったりもするのでオススメである。

評価:★★★☆ 7/10

彼らが過小評価されている理由は、スタジオ音源のお行儀の良さにもあると思っている。とてもバランスが良く完成度は高いのだが、ロックはえてしてライブ的な粗さや勢いがあったほうが魅力的だったりもする。ライブ動画ではそんな彼らのエモーショナルな表現力と演奏の迫力が伝わってくる。このライブ動画はかなりお気に入りで、「Blast Doors」のアレックスのギターがこんなに美しい音色だったことをここで初めて気づいた。そしてコメント欄で、ジョナサンが真っ赤になって高音ファルセットを絶唱している様を「この曲を歌っている彼の頭は、今にも爆発しそうに見える。」と書かれているのは笑ってしまった。海外のコメントはウィットにとんだイジリが多くて読んでいて面白い。