
彼らの音楽性は、大まかにはポストロックの情景描写とソウルやジャズのグルーヴが結びついた個性的なもので、ニュアンス的にドリーミーな感じもあるが、ノイズは無いのでシューゲイズとは言えず、ソリッドなバンドサウンドはドリームポップとも言い難い。しかしいずれのリスナーにも魅力的に聴こえるであろう絶妙なバランスに仕上がっている。特にアジアのリスナーにとっては、主にヴォーカルとギターが奏でる愁いを帯びたメロディにはグッとくるはず。日本も含むアジアの街の風景によく似あっている。陶酔しながら身体を揺らすことが出来る、いいとこどりな機能性も素晴らしい。
1曲目の「Tunnel」からその魅力が溢れていて、ギターの冷たい質感と残響音が描く高層ビルが立ち並ぶ現代都市、ネオンの輝きのようなシンセサイザー、そこに乗るChan Yuk Ki(Yuki)の繊細でシルキーなヴォーカルがBad Mathに唯一無二な世界観を与えている。冷たい街の中で一人彷徨う孤独な漂流感を、肌に沁み込むように表現しており、このアルバムを最後に脱退してしまったのが惜しまれる美しいウィスパー・ヴォーカルである。
続く「Hourglass」や「Walls」の単音ギターのスタッカートも余韻たっぷりである。音の質感やムードはポストロック的な冷たさやメランコリアを有しているのに、基本にあるのはソウルやシティポップ系の演奏手法で、グルーヴ感もしっかりある。「Om」ではさらに吹っ切れてディスコポップ的なサウンドへ到達しており、ギターのポップなメロディは相対性理論にも近いものを感じるが、Yukiのヴォーカルはより一層幽玄さ(Ethereal)を増していて、やはり他バンドとは一線を画している。このあたりが本当に魅力的である。
アルバム後半はよりメランコリックさが増し、中華的なムードもほんのりと立ち現れてくる。とりわけ中国語詞の「別」が良い。耽美的な香港の恋愛映画のようで、中国語の発音もあいまって他の国のインディバンドにはないエキゾチックな美しさがある。世界各国のインディロックが英米風の音楽性にコモディティ化しても面白くないので、こういったその国独自の要素が感じられるのは自分にとって非常にうれしい。またシングルとなっている「Neon City」も同様にアジアの夜の街を描いているが、これは近年弾圧が強まる香港への思いをつづった内容のようで、クールなヴォーカルの中に怒りや戸惑いがこもっているシリアスな曲。しかし最後の祈りのような「Love」で、ポストロック風のディレイで引き伸ばされたギターアンビエンスの棚引きでやさしく幕を閉じていく。全8曲が心地よい浮遊感とグルーヴに包まれており、完成度の高い作品だ。
ちなみにアジアのインディバンドというと、韓国や台湾、タイのバンドが多い印象だったので、意外と中国のバンドは珍しい気がした。中国の経済規模的にはもっとたくさんインディバンドがいても良い気もするので、やはり政治的に、あまりロックミュージックを好きにやれなかったり、流行らなかったりする事情があるのかなと思ったりもしたのだが、どちらかというと、日本のインディ同様、自国のマーケット規模が大きいゆえにドメスティックな方向性に行きがちで、国外の人が聴いてピンとくる音楽が少ない、というのが実情のようだ。もっと彼らのような、自国文化の良さを生かしつつも普遍的な音楽のクオリティを兼ね備えたバンドが出てくると、またアジアのインディ界隈が面白くなりそうである。