My Bloody Valentineに出会ったのは、大学時代の2000年である。バンドサークルの新入生歓迎会のような催しで誰かがかけていた「You Made Me Realise」を聴いて、そのアングラ味を感じる暴力性と相反するようなクールさ・美しさを兼ね備えた斬新な音楽性に鳥肌が立ち、聞けば80年代の音源だということで驚いた。すぐにそのサークルにいた詳しい人に色々尋ねたところ、「シューゲイズ」というジャンルと、MBV(マイブラ)の他にもRideやPale Saintsなどいろいろなバンドがいるということを教えてもらう。当時日本ではスーパーカーの影響でシューゲイズ再評価の機運が少しあったものの、世界的に見れば00年ごろのシューゲイズの存在感は「昔ちょっと流行ってすぐ廃れたイケてない音楽」という感じで(今でもたまにOasisのリアムがバカにしているが、あんな感じのノリ)、一部の名盤を除いてほとんどが廃盤。それ故に私は大学の空き時間を利用して、西新宿、下北沢、御茶ノ水などの中古CD屋を巡ってシューゲイズ漁りに熱中した。元々人づきあいが苦手なのでシューゲイズを教えてもらっただけでそのサークルは辞めてしまったが、大学を卒業してから逆にバンド活動を始めて、もともと持っていたストラトキャスターからジャガーに買い換え、ライブをやったりアルバムを作ったりという本格的なバンド活動をすることになったのも、元はと言えばMBVとの出会いがあってこそである。自分の人生においては本当に重要な存在なのである。
にも拘らず、私はMBVの来日公演に、今まで全く行かなかった。2008年のフジロックは、バンド活動で金欠に陥っていたため見送った。2013年は22年ぶりの新作『mbv』が出て、貪るように聴きまくったが、来日公演には行かなかった。当時、バンド活動がいろいろあって頓挫し、失意の中、ライブを観に行ったりする意欲が湧かなかったためだ。これはコロナ禍に会社を辞めるあたりまで続いたので、その後の2018年の来日公演の情報も知ることなくいつの間にか終わっていた。最近になってようやく音楽への熱意が復活、今回のMBVの来日公演を知るに至った次第であるが、それでも当初はチケット代20000円という、自分がよく海外バンドの来日ライブを観に行っていた00年代の基準からすると信じられないような値段に気圧され、2月6日のチケットは迷っているうちに売り切れてしまっていた。運よく追加公演の先行予約の情報を見て、まあもし外れても20000円浮くわけだし、と若干消極的に先行予約を申し込んだところ運よく当たった次第なのだが、いやいや、そもそもこんなに長文乙な思い入れがあるバンドなのであり、今回見逃したらメンバーももうだいぶ歳だし二度と見れないかもしれない。そしてMBVと出会ってからの色々を思い出し、途端にその重苦しい重要性が、徐々に不安や緊張へと変わっていったのだった。先日行ったViagra Boysのライブで風邪をもらうことを恐れたのもこのためである。

ということで、心の中で湧きおこるいろいろな心配や不安と対峙しながら、山梨から2時間30分ほどかかって会場となる東京ガーデンシアターに到着。
冒頭にも述べたように、東京ガーデンシアターは初。自分がライブを観に行かなくなって15年くらい経ったが、いつのまにか馴染みのライブ会場がほとんどなくなっており、浦島太郎のような状態である。東京ガーデンシアターもどんな空間か、キャパはどれくらいかも分からず来たので、想像よりかなり大きなハコであることにびっくりした次第である。バルコニー席が何重にも重なって天井が高く、オーケストラのホールのような雰囲気だ。運よく3ケタ台の整理番号で入れたので、左右の外音のバランスとステージとの距離感がちょうど良い場所に陣取ることができた。

先ほどから書いているように、この日の私はナーバスで、楽しみでワクワクしたりといったことがなく、開演前も不安と緊張は消えていなかったのだが、演奏が始まった瞬間に吹きとんだ。憧れた続けたバンドが、今目の前で演奏しているという感動が身体を貫いて、ネガティブな感情の一切は消えてしまった。
セットリスト
1.I Only Said
2.When You Sleep
3.New You
4.You Never Should
5.Honey Power
6.Cigarette In Your Bed
7.Only Tommorow
8.Come In Alone
9.Only Shallow
10.Off Your Face
11.Thorn
12.Nothing Much To Lose
13.Who Sees You
14.To Here Knows When
15.Slow
16.Soon
17.Wonder 2
18.Feed Me With Your Kiss
19.You Made Me Realise
微妙に代表曲をスカしつつじわじわ暖めていって、終盤に向けて一気に盛り上げていくような選曲だ。「音がバカでかい」「MBV好きでも結構しんどくなる」といった08年のフジロック以降よく聴かれた前情報や、昔なんかの雑誌で、たしかMogwaiのインタビューだったと思うが、「MBVのライブを観に行ったらすさまじい轟音で、次の日耳の中に血が溜まっていた」みたいなエピソードを読んだことがあり、入場で配られた耳栓も噂通りで、超絶な爆音を期待していたのだが、序盤のギターの音量はそこまででもなく、むしろコルムのキックとスネアの音のほうが爆音であった。それも曲が進むにつれ、会場に音が馴染んでくるとバランスが良くなり、シューゲイズバンドのライブでありがちなヴォーカルだけやたらと音量が上げられてしまうということもなく、いかにもMBVのサウンドといった絶妙な混ざり具合で、しっかり全ての音が聴こえて、その上で、ぜんぜん轟音ではないもののギターとベースの音圧もしっかり感じられて、とても気持ちいいサウンドに整っていた。耳栓は最後まで全く必要なかったが、このバランスによりMBVの持つ無重力的なサイケデリア、陶酔感が高められており、最後まで気持ちよく浸ることが出来た。序盤はEPからの選曲となる個人的に大好きな「Honye Power」や実験的なサウンドの「Cigarette In Your Bed」が特によかった。

「Only Tommorow」あたりからは徐々にギターの音量も上がって鼓膜を刺激するようになり、この曲のファズのようなバリバリしたノイズがあまりにも心地よすぎてまず最初に意識が飛びかける。途中に入る魂を抜かれそうなビリンダのコーラス(?)もドラッギーでぞくぞくした。「Only Shallow」に入る前に機材トラブル、ケヴィンのギターから耳をつんざく逆流するノイズのような音が発生して、それを何度も鳴らしていたのだが、なんというかこのノイズがまたキモチイイ。このままでもいいのに、と思いながら聴いていると、どうやら正しい音が出たようでケヴィンもご満悦だが、正直それも激しいノイズであり、何が正解なのかは本人しか分からないというほほえましい一幕。その後も「Off Your Face」の入りで、何が間違っているの分からないが何度もやり直していて、正直この辺はちょっとユルいというか弛緩した感じが出てしまっていたが、C86的な趣の残る「Thorn」や、同じく少しトチりながらも始まった「Nothing Much To Lose」の猛烈なコルムのスネア乱打で盛り返し、私がMBVの曲の中で一番好きな「To Here Knows When」でサイケデリアが極限まで高まり、またも意識が飛ぶ。この曲のケヴィンのギターの音、音源で聴いてもよく分からなかったが、リバーブかなにか(リバースリバーブ?)でアタック音を消したギターにくぐもったディストーションをかけているという感じか、この特有の、ゆらぎながら吸い込まれるジェット気流のようなサウンドに、ビリンダの美しく幽玄なヴォーカルが合わさった恍惚の音空間は、FF7に出てくるライフストリームの中ってこんな感じなのかな、と思わせるドラッグ体験であった。
終盤はもちろん待ちに待った「Soon」で、会場も大いに沸き、聴き惚れる者、私含めて踊りながら意識を飛ばす者多数。ジャングル・ビートのリズムループに強烈なフランジャーがかかる「Wonder 2」も、元々(いい意味で)気持ち悪いのに、筒のような空間をワープしているようなヴィジュアルの演出も相まってさらにめまいがするようなサイケデリアがたまらない。そして夢うつつの混濁状態からデビーのたくましいリフに目を覚まされる『Isn’t Anything』の代表曲「Feed Me With Your Kiss」でMBVの暴力性を遺憾なく発揮、「Nothing Much To Lose」でも思ったけどコルムのドラムがすごい。けっこうお年だからこんなの今叩けるのかなとちょっと心配したけど、強弱のダイナミクスが激しい叩きつけるようなコルムのドラムはループ主体のMBVの曲にあって強烈なライブ感を与えていてすばらしかった。そこからスピードを緩めず、なだれ込むように、最後は当然「You Made Me Realise」で、ハードコアバンドのような暴力的なリフ、クールなヴォーカル、そして間奏のノイズパートはこの日一番どデカい音を出していて、轟音感においてもようやく満足の行く音量を浴びることが出来て大満足。まるで雷が10万発くらい連続で落ち続けているようなバリバリというノイズの壁は、まるで手を伸ばせば触れそうなくらいに物質的で、ノイズ好きからすると幸せそのものだった。轟音のASMR。自分も今までいろいろな轟音を聴いてきたが、MBVの研ぎ澄まされた轟音は中毒的で、何時間でも聴いていたい。中盤の機材トラブルの時も思ったが、もし私が大富豪だったら、ケヴィンを雇って部屋でこのノイズをずっと出しててもらいたい、そんな馬鹿なことを思いつくくらい至福の音空間で正気を失いかけていると、意外とあっさりノイズを切り上げ、ただしそのノイズパートのバカでかい音量のままメインのリフに戻るところがめちゃくちゃカッコよくて、完全に正気を失った次第である。
ライブは大興奮で終わり、開演前のナーバスな自分はどこへいったものか、バンドを辞めて以来初めて「またバンドやってみたいな」と思ったりしてしまった。やはりこのバンド、自分にとってはとても重要な、魂の音楽なのである。ほんとうに見れてよかった。