
アメリカのジャズ・ハーピストBrandee Youngerのメジャー3作目。彼女がグラミーのインストゥルメンタル賞も受賞していることも知らなかった私は当然のようにジャズ、しかもハープ界隈(?)の事情にも詳しくないが、過去の作品もざっと聴いてみるに、どうやらジャズをベースに、モダンなR&Bやソウル、ヒップホップを織り交ぜてチル且つグルーヴィーに、自身のハープ演奏を聴かせているようだ。一方で今作はR&Bやヒップホップの要素はモダンなグルーヴ感だけを残して減退しており、カッチリとポップだった曲の形態は溶かされ、全体的に抽象的な音世界が広がっている。私のようなロックリスナーからするとポストロックみたいだなと思うのだが、ともすれば歌の伴奏のバリエーションとして、またインストパートの主旋律として用いられることの多いハープという楽器が、ここでは他の音と共に絡み合いながら、さながらサイケやポストロックのギターやキーボードのように、音の世界観や雰囲気を醸成、陶酔感やトリップ感を演出する役割を担っているのが新鮮だ。まるで煌めくオーロラように、自由な音色で幻想的な空間を支配している。またハープは当然として、それ以外の各楽器の音の輪郭や質感も、鼓膜に心地よく響く録音となっており、まるで、味は薄いが香りや旨味が尾を引く上質な料理、といった印象で、聴き終わった後の余韻が抜群に良い。このアルバムが作り出す神秘的な雰囲気と心地よさを味わいたくなり、正直地味といえば地味な作風であるにも関わらず、つい何度も聴いてしまう不思議な魅力を備えている作品である。
お気に入りなのは、元Sons of KemetのShabakaによるエキゾチックな笛の音に導かれる「End Means」や、各楽器が神秘的な光の粒を散らしながら美しい世界を描いていくタイトルトラック「Gadabout Seasons」、ウッドベースとドラムの混沌とした果たし合いに絡んでいくブランディーのエモーショナルなハープが緊張感溢れる「Breaking Point」、ニュージャズ風のクールなグルーヴが心地よい「BBL」などだが、特に好きなのが、本作中唯一ヴォーカルが入る終盤の「Unswept Corners」。Niiaによる精霊のように幽玄なコーラスが極めて美しい曲で、アルバム世界の最奥にある静謐な神秘の泉にたたずんでいるような印象。最後のJosh Johnsonのサックスとのサイケデリア立ちのぼる共演「Discernment」も含めて、極上の陶酔感を味わわせてくれる。
最近は歳のせいなのか、はたまた頑張っても頑張った分だけ成果が得られづらくなった現代社会のムードによるものなのか、無駄に昂って疲弊した気分を落ち着けてくれたり、ドンヨリとした気分を自然に受け止めてくれたりする「チルミュージック」への渇望が日増しに高まるばかりだ。不眠症になりやすいタチなので、昔から寝る前・寝る時などにチルミュージックは常用していたものの、最近は日中も時間を問わず聴くようになっている。それが良いのか悪いのかはさておき、最近はそんなリスナーに答えてくれるような名作が各ジャンルから次々に登場しており、本作『Gadabout Season』も今後の人生でたびたび癒しを求めて聴き続けていくチルの名作となりそうだ。まだまだ知らない世界があって、音楽とは本当に楽しみが尽きない趣味である。