石橋英子 – Antigone(2025)

新譜
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 実験的な即興演奏、映画のサントラにマルチ奏者としての客演など、多角的な活動を展開する石橋英子。シンガーソングライターとして7年ぶりの歌ものアルバムとなった本作『Antigone』は、個人的に懐かしい気持ちになるような音だった。例えば、00年代以降のポストロックに影響を受けたミュージシャンに見られたような、クラシカルな生音とデジタルな電子音がさざめき合う、美しく、メランコリックな音世界。流麗で巧みなメロディライン上には、絶妙な抽象度の歌詞が、現代の空気を描写している。石橋英子の作品群からすれば極めてポップス寄りな作風であるが、あくまでそれは芸術性と大衆性の中間領域としてのポップさである。商業主義・大衆迎合の音楽ばかりが増え続ける昨今の日本の音楽シーンでは、このポジションの作品はすっかり稀となってしまったので、懐かしさと同時に、嬉しさを感じた次第だ。

 アルバムは荘厳なストリングスで幕が上がるように始まる。1曲目の「October」から素晴らしいのだが、この曲の夢うつつなメロディに身をゆだねると、まるで幽体離脱のように意識が別の次元に引きはがされて、様々なことが巻き起こる目の前の現実を“管制塔”のようなどこか隔離された場所から俯瞰して眺めているような感覚に陥り、それはアルバム終盤まで続く。2曲目の「Coma」は石橋英子作品にしては珍しくポップなサビを持つリードシングルだが、コード進行がJ-POP的な俗っぽい解決をせずに転調を重ね、どこに向かっていくのかわからない不安定な展開から最後真綿のような白昼夢の世界にふわりと戻る、そんなビターな心地よさが絶妙な名曲だ。アルバム中唯一オルタナティブ・ロック的な高揚感がある「Trial」までは一定の速力を持って進んでいくように感じるのだが、「Nothing As」以降はじっくりと深みに向かっていく流れで、それは心象風景をあてどなく彷徨う、心の漂流のようでもある。「Mona Lisa」での“大量虐殺”といったドキッとする言葉も、ゆったりとした曲調の中でどこか遠くの場所、時代の彼方にある映像を見るような感覚で、メランコリックな現代日本のリアルとはこんなものだろうか、と思ったりする。
 終盤にいたるともはや深い場所から再び浮上するような分かりやすいカタルシスなど存在せず、どこかに連れていかれたまま同じ場所に戻って来れない片道切符の展開であることに気付く。デジタルに加工されたコーラスと抑制的な生歌が交錯し、さらにキナ臭い情報が無機質に読み上げられる、サイバーな“果ての世界”が描かれる「The Model」で緊張感が最高潮に高まると、ほっとするようなピアノのイントロから始まり、エモーショナルな石橋英子のヴォーカルとストリングスが心に迫るラストの曲「Antigone」で初めて目が覚めたような世界が開け、アルバムは幕を閉じる。

 都市が巨大な拳のようなものに押し潰されそうになっているアートワークのように、相も変わらず不安と不穏が覆いかぶさっている世界。その中で国家や宗教(または陰謀論)といった巨大な概念にすがりつく人々。AIのような集合知、有名なインフルエンサー、権力者などに盲従し、個人の考えや価値観が捨て置かれる、冷たい現代社会。膨大な情報量に相対することを常に迫られ、すべての事案に0か100か、どっちの味方か、二択を強要され続ける苦しみ、戸惑い、そして狂熱。そのはざまで圧倒され心を失いかけながらも、本作では、自らの意志を貫いたアンティゴネーの悲劇をモチーフに、安息地のような歌と音が奏でられている。そして、そこから浮かび上がる私たちの感情。緊張感や没入感はアルバムの最初から最後まで満ち満ちているだけに、もう少しだけボリューム感があっても良かったのではとも思わせるが、それでもなお、良い映画を見終えた後のような余韻が尾を引き、矢継ぎ早に別の作品を聴く気になれないような深い気持ちにさせられる。素晴らしいアルバムだ。

評価:★★★★ 8/10