
子供の頃を思い出させるノスタルジー溢れる歌詞が心地よい従来路線の「Dangomushi」も良いが、ボサノヴァの要素が濃い「Tora Moyo」ではクイーカの音も使ってよりトロピカルなサウンドになっていて、最近ブラジル音楽にハマっている自分としては嬉しいところ。かと思えば「I Can Do What I Want」ではマスロック的な変幻自在のトリッキーな拍で盛り上げたりもする。全体的に、曲のヴァリエーションが増えてとても賑やかな雰囲気だ。特に自分が好きなのはポストロック風の「Rat With Wings」で、街の雑踏の中で“羽根の生えたネズミ”扱いされる厄介者の鳩と、大自然を飛んでいく優雅な鳩、どちらも重なるように描かれた歌詞が、映画的な壮大さのあるサウンドをバックに高らかに歌われているのが美しく、心に沁みる曲である。
ちなみにこのアルバムには“Love”や“Like”といった言葉がたくさん出てくる。普通に聴き流しているとラブソングなのかな?と思ってしまうが、実際は恋愛的な意味ではなく、家族、友達、ギターなど身の回りの存在への愛だったり、自分を愛せるかどうかという自己肯定感についてだったりと、より広い意味での愛が表現されているようだ。
言うことないなら/無理に話さなくても/This is a dumb feeling/There’s something I like about it(「Dumb Feeling」)
自分が好きならそれでいい/I am going to do this the way I wanna do it(「I Can Do What I Want」)
昨今はSNSやAIのせいで、人間愛、家族愛、自己肯定感といった、本来人間の心の支えとなる大事な要素が失われがちであるが、こういった歌詞にはとても励まされる。
I am not resouce(「Animal」)
生きて信じて/痛くても愛しても/trustはムリ(「Zarigani」)
また一方で、このような冷静で批判的な視点もあるのが、生まれつきのひねくれ者な私でも信用できるところである。Mei Semonesは自身の音楽を「Jazz and Bossa Nova-influenced Indie J-POP」と表現しているが、ともすればお花畑なポジティブの押し売りにモヤモヤさせられるJ-POPの歌詞とは異なり、この等身大のリアルなポジティブさが、実はいちばん心に響くし、元気づけられる。
英語・日本語が混ざり合ったバイリンガルな歌詞の構成も面白い。同じような意味のことを英語と日本語で繰り返し歌っているのではなく、どちらも理解しないと真意がつかめないようになっているので、ほんわかした温かみのあるアコースティックな「Donguri」も、英語が聴きとれない日本人として聴くと、クノールカップスープのCMで使われそうなほんわかした曲だな、と思うのだが、英語詞のパートではけっこう嫌なイメージが歌われていたりして印象が変わる。逆に英語ネイティブのリスナーには、日本語パートの意味が分からないはずなので、どんな風に聴こえているのか気になるところだ。
このような感じで、本作はアレンジもソングライティングも素晴らしいのだが、意外とアルバム1枚通して聴いたときに途中で気がそがれる面もある。これはもう単に個人の趣味で、今作のギターサウンドが、これまで使っていたエレキギターではなく、全曲アコースティック・ギターの軽やかな音に変わったことの影響が大きい。EP「Kabutomushi」以前の独特のノスタルジアに包まれたムードは、エレキギターによるポロロンという太く温かい音が醸し出していたところが大きく、自分は割とそこに魅力を感じていたので、本作のしゃきっと風通しの良いサウンドには少し味気なさも感じた次第である。もちろんこれはアルバム1枚通して聴いたときの話で、「Dangomushi」など曲単位ではアコギの音を味わい深く聴けるのだが、個人的にはもう少し音の変化が欲しかったところだ。
とまあ個人の趣味はあれど、客観的に見れば今作は傑作で、ここまでの作品をあのふわっとした自然体なキャラクターで仕上げてしまうのだから驚く。今作で割とこれまでの路線は突き詰めた感じもあるので、今後どのような展開になっていくのか、非常に楽しみだ。