
本作は2人のプロデューサー、レトロ&メロウなサイケポップを作っているニューヨークのシンガーソングライターSam Evianと、Arlo Parksのプロデュースで評価の高いマルチ奏者Luca Buccellati、この2人をコラボレーターに選び、冷涼なニューヨーク州の自然あふれる環境で、3人で作り上げたようだ。
冒頭に書いたようにエレクトロな要素は控えめで、ほとんど生演奏のようなクラシカルなムード。メロウかつメランコリックなのはThe Maríasと同じだが、ノリの良いアッパーな曲が全くなく、ダウナーかつチルに徹している。とはいってもそこまでThe Maríasとの違いがあるわけではなく、メロディや歌詞のクオリティは正直The Marías名義で出してもそれほど違和感がないように感じる。
こうなってくるとなぜこのソロ活動を始めたのか、が気になるところだが、やはり恋仲であったThe Maríasのジョシュとの別れがNot For Radioの活動を始めるキッカケになったようである。メンバー同士で付き合うと大体恋もバンド活動もうまくいかなくなるのがバンドマンの常だが、The Maríasでは、恋愛関係としては終りだけどバンド活動はそのまま続ける、という、昔のslowdiveと同じような決断をし、まあ色々大変だったと思うのだが、見事困難な時期を乗り越えて、その後の『Submarine』の成功につながった。一方で、『Submarine』のあの吹っ切れたようなポップさは、自己の内面をある程度切り離した結果とも考えられ、その心の避難場所のようなものが、このNot For Radioなのかもしれない。そう考えると、この繊細で深みに満ちた音世界は納得である。
アルバムの曲ほとんど好きなので、ピックアップして語るのも難しいが、特に好きなのは幻惑させるようなシンセや管楽器の音色とつぶやくようなマリアさんのヴォーカルが陶酔感抜群の「Puddle」、優雅なピアノの音色とDisappear With Me
と誘われるアウトロにダウナーな心地よさが凝縮している「Moment」、火サスのエンディングのような哀愁ラテンソング「Vueltas」(最近色んなレビューで“火サス”の形容を連発している私であるが、日本の若い世代や海外の翻訳勢に伝わっているのだろうか?)である。また「Swan」では後期のRadioheadを思わせるサウンドを披露していて、これまでThe Maríasでもたまにその影響を垣間見せていたこともあったが(まあカバーもしているんだけど)、今回かなりハッキリした影響の痕跡を確認できて、Radioheadファンの私としては嬉しい限り。他にも、アンニュイなキーボードから立ちのぼるノスタルジアがたまらない「My Turn」や、美しいメランコリアを聴かせる「Magnet」、霧のようにドリーミーなサイケデリアに包まれる「Water On Your Nose」あたりもグッとくる。
歌詞は喪失感や悲しみを歌ったロマンス溢れるもので、社会的なテーマ性を重視する批評家にはThe Marías同様にあまり響かないのかもしれないが、別れや喪失感、あなたと私の関係性というテーマは普遍的だし、この昭和歌謡のような哀しく切ないメロディに乗っかっていると、40代の中年男性の胸に染み入ってしまい、どうやら涙腺もゆるむようである。
『Subemarine』に続き、ハイペースにこのレベルの作品を聴けるのは感無量だ。素晴らしい作品。
いつにも増して妖艶なMVが用意されている曲、ではなく、それ以外に好きな曲がたくさんあるということからも、アルバムの充実ぶりがうかがえる