Moose – Honey Bee(1993)

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 このアルバムこそMooseの代表作である。そして傑作サイケポップ・アルバムである、と推したい。Play It And Sam(PIAS)移籍後初となる2ndアルバム。この頃の彼らはシューゲイズは元より、1stのジャングリーギターポップからも離れて、涼し気なアコースティック・ギターのストロークと共に歌われる夢見心地なヴォーカルを中心に、サイケデリックなギターが舞い踊り、ベースも歌うように走り回り、さらにフルートや鉄琴などのクラシカルな楽器が、時に妖しく、時に煌びやかに空間を彩る「ネオアコ+ネオサイケ+ドリームポップ」といった独自の音楽性に進化した。The SmithsやAztec Camera、The Dream Academyなど80’sのネオアコ系インディポップを匂わせる感じはありつつも、仕上がりはサイケデリックなトリップ感を持つドリーミーさが前面に出ている。それゆえ当時のトレンドを無視したような奇妙な作風となっているのだが、実はその奇妙さこそがMooseの良さ。ジャケットのアートワークに見られるシュールな夢世界の魅力に気付けばしめたもので、不思議の国のアリスのような異世界をさまよう心地良さを終始堪能できる作品となっている。

 アルバム冒頭の「Uptown Invisible」を聴けば、まるで尺八のように聴こえるフルートのエキゾチックな音色と、半音ずつ上がったり下がったりする奇妙なコード進行により、爽やかだった1stとは明らかに趣が異なる音世界に迷い込んだことにすぐ気づくが、この不可思議なメロディ&アレンジのもたらすシュールな世界観が本作が織りなすサイケデリアだ。続く「Meringue」も、お菓子の家や不思議の動物がたくさん出て来そうなファンタジック&サイケデリックなサウンドが秀逸で、同時に歯切れのよいアコギとスライドバーと思われるピッチの揺らいだ浮遊感のあるギターが、ソフトで清涼感のある聴き心地を演出している。優雅でありながらも妖しげなムードを持つ「Mondo Cane」も、甘いカクテルの中に沈む真夜中の夢のようでうっとりさせられる。一方で「I Wanted To See You To See If I Wanted You」といった割とシンプルなポップソングも収録されているし、トレモロのかかったノイジーなギターと美しいフルートの音色が共演するサイケデリックな「You Don’t Listen」あたりはMercury Revとの共鳴も感じ、完全に奇天烈な作品にならないようバランスはとられているが、それもすぐ「Stop Laughing」でのドリーミーな転調メロディやサウンドの浮遊感に包み込まれる。アルバム終盤を印象的なリフレインで飾る「Dress You The Same」は、“家賃を払って お金を使い果たして 誰も僕のことを寂しがらなかった”と惨めで孤独な生活を送っている歌い手が、“眠っている時と君と電話している時が幸せ”とささやかな希望を語り、“電話出来る?”と繰り返し口ずさむものの、最後は“眠っていればよかった”と締める、甘く切ない歌が心地よい。最後はアルバム中で最も抽象的なアレンジの「Hold On」で、想像力の彼方まで連れ去ってくれる。

 初期の実験性も、1stのポップ性も両方感じさせながら、サウンドのソフトな聴き味と同時に奥行きの深さを新たに加え、オリジナリティあふれる音世界を構築することに成功した傑作である。個人的には、次作『Live a Little Love a Lot』が一番好きなのだが、Mooseを初めて聴く人にはこちらをまずオススメしたい、そんな作品だ。

評価:★★★★ 8/10


 アルバムに加えてシングル「Uptown」の内容にも触れておきたい。アルバムのリードトラックだった「Uptown Invisible」を含むこの4曲入りシングルも非常に秀逸で、ここでもやはり吹っ切れたかのように、B面曲にて音響的な実験性を再び発揮させており、ピッチが揺らぐアコギの小舟に乗って波間を揺蕩うような無重力感のある音空間が気持ち好過ぎる音響サイケ「Call It What You Want, Anything」や、生い茂るアコギのジャングルとドリーミーなコード進行でさらに夢の奥地に誘い込む「Nevergreen」、不可思議なアレンジで螺旋階段の迷宮を落下していく「Tower Of Crumbs」など、アルバム以上に奇天烈でシュールなサイケポップが展開されている。にもかかわらず、サブスクに無いのは当然として、CDを入手しようと思っても非常に希少のうえに高額なのが残念でならない。自分は学生のころ中古ショップで格安でゲットした覚えがあり、しかもこれが初のMoose音源だったため、非常に好感を持ったことを覚えているが、とても運が良かった。
 もし今後『Honey Bee』の再発の動きがあるなら、1stのように、ぜひ「Uptown」のシングル版も併録して欲しいと願う次第である。

この素晴らしい曲を公式のものとして紹介できないのがもどかしい。サイケポップの流行に乗って、Moose再評価の流れを期待したいところだが、まずは彼らがシューゲイズバンドではないという誤解を解くのが先決だ。